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2009/02/06 (Fri) 作り手と消費者(店をはじめるまで⑤)

野菜を作るだけしか
知らなかった 私達


『売る』

と言う事には
実に初心者でして

偶然が偶然を呼んで
結果的には良かった

と思っていることがあります。



それはですね


うちの畑が国道沿いにある事

そして、さらに

店の向かいも

うちの畑だって事




店の野菜が無くなりそうになると
すぐ畑から取って来られる訳です。

(15分ほど離れているところにもあるので
無理な場合もありますが)

これは
作る方から見た便利さだったのですが


ある日

『レタスを10個ほど欲しいのです。

ここの棚には5個しかないのですが
どうにか出来ませんか?』


とお客様に言われました。


ちょっと待っていてください。


と包丁を持って
向かいの畑から不足分のレタスを取って
お客様に手渡すと


『すごい!すごい!

これが本当の
取れたての野菜なんですね。

嬉しいです、ありがとう。』



と大絶賛。



きょとんとする 私達(笑)



毎朝野菜を取って
店に並べているのだし

毎日取れたての野菜なんだけど。

と言う感覚の 作り手



でも、棚に並べてしまうと
お客様にとっては

畑=野菜

は無いんだろうなーー


まあね、市場の野菜だって
いきいきしてるもんね。



このお客様の言葉から

『消費者が求めるもの』

の大きなヒントのひとかけらを
理解出来たと思っています。


作っている人から見る野菜と
消費者から見る野菜


それって
全然違うんです。


たかが・・されど です。


ええ、こんな時には

目からうろこが ぼろぼろ(笑)

   ↑
どんなに目はうろこだらけなんだかっ!(笑)


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2009/02/04 (Wed) ばっちゃとの出会い(店をはじめるまで④)

うちでは農作業の手伝いに
数人の人夫をお願いしていました。


昔の野菜の作り方と
今の作り方とは
全く違っています。


昔は全ての作業が
手作業で

草取りに追われていたのです。



その方達の中に
『ばっちゃ』もいました。


数人の中にいても
でしゃばらず
仕事もきちんとこなす人でした。

ばっちゃの旦那さんは
家で風邪を引いて
寝ているところに

家の裏山が崩れてきて
下敷きになり亡くなっています。

そこを引き払って
わたしの嫁ぎ先の近くに
引っ越してきたので

ばっちゃも朝市に連れて行くことにしました。


と言うのも
ばっちゃは大変な手効きで

野菜でも山菜でも漬物でも
とにかく何にでも

秀でた手のひらを持っていたのです。

家の野菜の他に
ばっちゃの山菜や漬物も売りました。



ばっちゃの商品の中に


『キャベツの葉くるみ』


が、ありました。

大根を酒粕に絡めて
キャベツの葉で包んだ
漬物


なのですが

野菜のおやつのような
漬物です。


酒粕の柔らかい甘さが
何とも言えません。


ばっちゃからその作り方を聞くのに
5年も掛かりました。


手間が掛かる漬物なので
去年は土日だけの販売でしたが


注文分で無くなってしまう事も
しばしばでした、ごめんなさい。


ばっちゃは神経痛で
随分弱りましたが

今も元気です。



秋にうちの店で売られている

塩漬けされたのをもどしたわらびは

ばっちゃのわらびです。




秋に店でわらびを見たら

ばっちゃのわらびだって
思い出して下さい。

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2009/02/03 (Tue) 鼻が高くなるとへし折られ・・(店をはじめるまで③)

りんご台風が来る前は
わたしは子供達2人を山の保育所に預けて

実家の農作業の手伝いをしていました。


はっきり言って

つまんなかったです(笑)


毎日毎日
草取りです。


20代のわたしが
これを楽しいと思うわけがありません。

でも
子供はまだ小さいし
それなりに広い畑ですので
両親を手伝わない訳にはいきませんでした。


りんご台風が来て
その作った野菜の販売方法が
変化したことによって

自分の中にも
変化が見られるようになりました。


午前中は実家の手伝いをして
午後は自分で借りた畑で野菜を作り出したのです。


自分の畑を作って見てください。


あんなにイヤだった
草取りは楽しみに変わっていきます。

草に埋もれていた野菜が
いきいきして来るのを見ると
何より嬉しく思います。


04521.gif


それでも
わたしは一人前ではありません。

野菜を作ったからと言っても
思い描いている野菜とは違うのです。


虫だらけにしたり
腐らせてしまったり
ヤマセで飛ばされてしまったり。


このキャベツを作りたかったのよ!

と自信が持てたのは
それから10年も経ってからの事でした。


04521.gif


30才の頃から
あちこちの
農業団体に首を突っ込むようになり

『まあ、まだお若いのに
よくやってらっしゃいますね。』

と言われる事も多くなりました。


周りを見ても
わたし位の人はいませんでしたから。



当時

テントの会も順調で
有頂天になっていました。


そんな時期に
出会います。


素晴らしい人達に。


忘れた頃にはまた
わたしの鼻は高くなっていて


・・

また、ちょうどイイ時期に
そんな素晴らしい人達に出会うのです。


鼻をへし折られるだけではありません。

目からうろこが

ぼろぼろ落ちてしまいます。




わたしが今でも
鼻が低いのは


こうした訳があるのです・・(笑)

13a.gif


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2009/02/02 (Mon) 希望を叶える方法とは(店をはじめるまで②)

実は昨日

『店をはじめるまで』
を書き込んでいる途中で
(途中と言っても後半で・・

記事が消えてしまったんです・・・←よくやるよね


その時はすんごく落ち込んだんですが
書き始めたら

一回目の書き込みより自分の中で
まとまりがついたんでしょうね。

伝えたい気持ちが
ちゃんと表現できました。←伝わったかな?


さて今日は

無人販売から、その後

について
語って行きたいと思います。


04521.gif


無人販売は当時
八甲田大橋の工事が始まっていたこともあって
工事に関わっていた方達が

よく買って行って下さいました。


朝市はわたしが
ずっと続けていて

沢山の仲間を得ることが出来ました。


わたしが羨ましいと思って
見ていたのは

きゅうりやナスなどの
ビニールハウス栽培の野菜です。


山は標高750メートル
考えもつかないほどの積雪と
ヤマセと呼ばれる
強風で

ビニールハウスなど建てている人もいませんでした。


でも
山での野菜の収穫は
早くても7月末・・・


それまで収入はありません。

それを何とかしたくて
わたしは当時


『ビニールハウスをやってみたい』


誰にでもどこに行ってもそれこそ

誰かがその言葉に

ヒントをくれないかと言う気持ちで

口に出して言っていました。



『そんなにやってみたいなら

市の試験施設で勉強してみる?』


と声を掛けた方がいたんです。




ほおら



そこは市で補助金を出して
ビニールハウスを建て

何年か勉強が出来る施設(ビニールハウス)でして


わたしはついに
夢を叶える事が出来ました。


夢は最終的なものではありません。

でも出来そうにも無い事を
一歩踏み出せた事で

30歳だったわたしは
希望に満ちていました。


そこは女性だけの団体で

秀子さんとは

そこで出合ったのです。

実に丁寧に優しく指導して頂きました。


一服の時の楽しい事!

一緒に笑い、泣き、助けあいました。


やがてわたしはそこを卒業しました。

沢山の知識を得る事が出来ました。

もちろん

大切な仲間も出来たのです。



叶えたい夢があったら
口に出して発信すること。



わたしはいつも心がけてやっています。

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2009/02/01 (Sun) 店を始めるまで

農閑期の今だから
少しじっくり語ってみようかな。


なぜ家族だけで
直売の店を始めたのかを。


そして
これを読んで
野菜の流通と
農家の気持ちを

少しでも消費者に理解いただけたら。


04521.gif


ご他聞に漏れず
うちの村でも

野菜の出荷は○協オンリー。
農家は野菜を作り
○協に収める。

例えばレタスだったとして


母さんがレタスを収穫してくる。
わたしがダンボールに9個(これが標準)
切り口の変色を防ぐ為に
拭いてキレイに並べてテープを掛ける。


レタスは大きくても小さくても
規格外になり
売値は低いので

収穫される事は無い。


炎天下の中
腐れていくのみなのだ。


レタス1個
これを作る為に

農家は何度、地面をなでた事だろう。

いや、そんなことより


かろうじて規格に収まり
荷造りされたレタスが高値だったら
その苦労も報われる。

でも安値の時には・・・


まずダンボール代がばかにならない。
○協、全○連に手数料を差し引かれ


赤字になることなど
しょっちゅうなのだ。


農家はこんなことを繰り返され


諦める事に慣れる。


疑問を持ちながら
それでも地面を撫でて草を取る。


やがてまだ50代だった父さんが
立ち上がった。

個人出荷へと進路変更をしたのだ。

自分の野菜を直接市場へ持っていく。


市場の人の協力を得て
自分専用のダンボールを作った。


やがてそのダンボールに入った野菜は
高い評価を得て

同じ野菜でも

高値で売買されるようになった。



そんな時に
やってきた

再びの転機


平成3年


りんご台風(台風19号)


当時この台風は
テレビでりんごが強風に
ばらばらと振り落とされる様子を

何度も流した為(被害も莫大でした)

りんご台風と名付けられたのですが


うちの村では
18号の台風の時点で

野菜が全滅


大根は風で曲がり
白菜やキャベツは
外の葉が飛ばされ

規格内・・つまりは

出荷できる野菜は

壊滅した・・・





その畑を眺める母さんの目は


やはり、あの


『諦め』

の何者でも無く


わたしは やるせなかった。


せっかく作った野菜なのに


規格 という

ばけものに翻弄されている農家。



わたしはじっと見た。


食べられる部分だけが畑に

突っ立っている光景を。





市役所の農林課に電話をし

『朝市に参加させてください。

この野菜をどうにかして売りたいのです。』


と懇願、承諾を得た。



時期も時期

平地に葉ものの野菜は無い。


周りに知っている人も無い状態で
わたしは週2回
朝5時に家を出て(嫁ぎ先は市内だった)

朝市で野菜を売った。

やがて朝市のお客様は
わたしの到着を待っていてくれるほど
野菜は好評だった。

お客様は
口々にこう言ってくれた。

『もうね、あんたの野菜が
楽しみで』



『嬉しい、
直接野菜を売る事が
こんなに楽しいなんて・・』




そんなわたしを見て


母さんは


『お前に負けていられない


と無人販売を始めた。



これが
店のはじまりはじまり・・・

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